『5年後の映画産業における技術的進歩』SNAKER

 

映像産業といったとき、真っ先に浮かぶのは映画、ビデオ、テレビ作品を制作する現場である。さらに現在では、映像が載るメディアはゲーム、インターネットと、その幅を広げつつある。このような映像産業の中で、もっともメジャーで、莫大な規模の収益をもたらすのが映画産業である。映画は、映画館の上映に始まり、テレビ放映、ビデオやDVD化、さらには関連商品と姿を変え展開していく。最初に製作される「映画」を元に、多様な展開で収益をあげていくことが出来る。この映画産業がこの世に誕生して100年余り、その長い歴史が今、デジタル技術の進歩によって大きく変貌しようとしている。映画が劇場公開されるまでには、製作、現像、配給、興行という複数のプロセスが存在する。その各プロセスにおいて、現在、さまざまなデジタル技術が開発、導入され始めている。またそれが進めば、近い将来、「映画」に対する定義そのものが変わってくる可能性も考えられる。

 製作プロセスにおけるデジタル技術といえば、CG(=コンピュータグラフィックス)が筆頭に挙げられるだろう。そしてその使用方法や目的も多様化してきている。今やCGは、映画製作には欠かせないものとなっており、セル画を11枚、絵の具と筆で彩色するという作業風景は過去のものとなりつつある。しかし今の映画におけるCGの役目は、実写やアニメ映画の製作を、より効果的かつ効率的におこなうための手段に過ぎないとも言える。現在、映画の製作工程では、さまざまな方法論が取られている。最もポピュラーなやり方は、フィルムカメラで撮影したフィルム映像の中から、デジタル処理が必要な部分だけを、「テレシネ」と呼ばれる機械を使ってデジタル化してコンピュータに取り込み、CG合成などのデジタル処理をおこなった後、「フィルム・レコーダ」を使って、フィルムに焼き戻すというものである。 その他、デジタル処理したい部分だけを最初からデジタルビデオカメラで撮影し、フィルムに焼くという方法や、全てデジタルビデオカメラで撮影し、デジタル処理した後、最終的にフィルムに焼くという方法を取っている作品もある。現在、9割以上の映画館が、フィルム・プロジェクタによるフィルム上映であるため、フィルムを原版にしているところが大半であるが、フィルム原版のほかに、デジタル原版を残す動きも出てきている。配給プロセスにおける映像のデジタル衛星配信や光ケーブルなどを利用したブロードバンド配信、興行プロセスにおけるデジタル・プロジェクタを使ったデジタル上映といったことも、徐々に始まってきているためである。デジタル原版なら、劇場公開後のDVD化もスムースである。TVのデジタル放送時代にも対応しやすいと考えられる。

通常、配給会社では、発注に基づいて、映画のフィルム原版をプリントし、各興行会社へ納品している。洋画の場合は、デュープネガまたはマスターポジなどを輸入している。

映画1本あたりのプリント代は、米国で約2,5003,000ドル。プリント本数は、日本の場合、話題作で約400本、通常は約150200本にのぼる。このようなフィルムによる配給に対し、デジタル配給といった新たな動きが出てきている。それと並行して、デジタル・プロジェクタによる「デジタルシアタ」の動きも活発化してきている。デジタル上映のメリットは、フィルムに焼くためのコストが削減できる、フィルムの運搬費用が削減できる、上映が終わったフィルムは産業廃棄物として処分されるが、デジタルの場合、廃棄物が残らない、そしてなにより色々な配給方法が選べるということだろう。尚、デジタルシアタの配給方法は大きく分けて3通りある。(1)各種記録メディアにコピーし、輸送機関を使って運搬する方法(2)衛星を使って電波で配信する方法(3)光ファイバーなどのブロードバンドを使って配信する方法である。このように、デジタルシアタの場合、120kgもの重さがある35mmフィルムとは異なり、必ずしも輸送機関を使って配給する必要がないという大きな特徴がある。ただし問題点もある。上映に不可欠なデジタル・プロジェクタの購入費用や、デジタル衛星配信を利用した場合の設備費、デジタル撮影をおこなった場合のデジタルビデオカメラと周辺機器の購入費用など、莫大なイニシャルコストがかかってしまうのだ。また、複数の規格が提唱されていることや、著作権保護などのセキュリティ面でも大きな課題が残っている。

ジョージ・ルーカス監督が、「スター・ウォーズ」をデジタル化していこうと決断した理由のひとつには、原版フィルムの酸化による退色や破損が激しく、そのほとんどをデジタル技術によって修復しなければならなかったという。また、フィルムはコピーをしたり上映を繰り返したりする内に、傷や埃がついてしまうなど、品質の劣化を免れない。自分が望む通りの品質で、全ての観客に映像を楽しんでもらうためには、35mmフィルムと同等か、それ以上の品質を持つデジタル映像の登場が必要不可欠だったらしい。確かに、デジタル映像は画質が劣化しないので、公開初日と最終日とでは同じ映像品質が維持できる。しかしデータそのものは劣化しないが、デバイス、メモリ媒体そのものの劣化はまぬがれないことを忘れてはならない。

5年後、デジタルシアタを、単なるフィルムからデジタルへの置き換えではなく、デジタル化によって生まれる製作スタイル、配給方法、興行方法、新しいビジネスモデルとして、高速インターネットを用いた家庭への配信や劇場への配信・上映、ライブ性のある新しい上映などが期待されるだろう。さらにデジタル化により映画館以外の場所でもさまざまなデバイスを使って楽しむことができるようになると考えられる。映画館といった公共の場、ホームシアタといった家族単位の場、PCPDAなどのパーソナル端末と、それぞれの目的に応じてデバイス、メモリメディアも使い分けられていくことになるだろう。また、製作者側としても、ネットを利用することによって、場所や時間に縛られずに撮影や編集作業ができるようになる。さらには今後、機材の高機能化、低価格化が進むことで、個人レベルでの製作も可能になると考えられるだろう。

このように、映画産業はデジタル化に向けて大きく変わりつつある。周辺を取り巻くさまざまなデジタル技術の進歩も目覚しい。特に配信においては大きく変わるだろうと考えられる。これからは、子供から大人までの流行をおった映像コンテンツだけでなく、子供からマニアまで、さらには長い人生で積み重ねた趣味、嗜好をもち多様なニーズを持つと高齢者をも捕らえた、幅広いビジネス展開が必要となるだろう。